2012年05月15日

高裁の判決

ご報告しなければと思いつつ書けませんでした。

12月にやっと公判が行われ、証人尋問にも立ち、意見陳述もしました。
高裁の焦点は、被告に真摯な謝罪が認められるかどうか。
被告側は、『裁判2日前』になって『自分の保釈に使った金200万』を謝罪のために払うと申し出、一週間に一度の献花を事故現場にしているという。
それが一審では『真摯に謝罪しており、実刑に処すには忍びない』と執行猶予になりました。
でも、自分の保釈に使った金を?
しかも、裁判の直前に?
私がそのことを知ったのは、裁判前日の午後です。
ものすごくショックだった・・・
金銭の申し出だけで気分が悪いのに、直前だなんて裁判での減刑を狙っているとしか思われず、ひき殺した夫に申し訳ないなんてかけらも思ってないってことです。
それに、村田千香子裁判長が「飲酒運転するとどういうことを引き起こしますか?」と聞いた時、被告は「自分の家族に迷惑をかける」と一言だけ言ったのです。
人の命を奪ったことも、その遺族の人生を生き地獄にしたのも、全く考えてはいない。
それが真摯な謝罪?
実刑にするのが忍びない
私は、国語辞典で『忍びない』という言葉を調べました。
『我慢できない。耐えられない』とありました。
わたしは裁判中、「裁判は感情を話す場ではない」と司法関係者から言われ続けてきましたが、忍びないとは感情なのではないですか?
それとも、市井の一国民には計りかねる法律的意味合いでもあるのでしょうか?
日本の刑法は被告有利が基本精神です。
被害者は存在しない。
遺族も存在しない。
存在しないものが感情を持ってはいけない。
被告が事故を悲しんだり反省したりするポーズをとるのは大いに結構。
情状酌量されます。
そんなクズのような日本の司法に「お前はクズだ!!」と叫びたかった。
「被害者も遺族もいて、毎日生き地獄であがいているんだぞ!!」と叫びたかった。
「その生き地獄を作り出したのは、被告自身だぞ!!車が引いたんじゃないんだ!」と叫びたかった。

(書いていて、ものすごくつらい。
書ききれるかどうかわかりません。
書く前に抗うつ薬は飲みましたが、ぜんぜん効いていない感じです。)

もちろん、司法関係者すべてがクズだとは言いません。
熊谷地方検察の渡邉検事には、言葉にできないほど感謝しています。
高裁の検事から伺いましたが、控訴するには弱かったものの、一枚一枚手書きの嘆願書、4000枚の署名、そして、渡邉検事がものすごく憤ってくださったことが控訴決定の決め手になったのだそうです。
人を動かすのは人だと思いました。

さらに憤りを感じたのは、執行猶予になった途端、謝罪文を送ることも200万の誓約書もぱったり来なくなったのに、控訴が決まった途端、またあからさまに送りつけてきたことです。
自分本位。
人の痛みなど全く考えられないのでしょう。
9月には現場の草刈りにも行ったんだそうです。
わたしが6月に献花に行ったとき、現場は雑草だらけで、献花はしたのかもしれませんが、真っ黒に腐った花の残骸がそこらに投げ捨ててあり、ひどい状態でした。
前日にラン仲間さんが追悼ランに訪れてくれた時は、もっとひどいごみ溜めだったそうです。
高裁ではそこも争点になりました。

証人尋問に立った時、6月の状態を話しました。
被告人弁護士が、「雑草の種類はなんでしたか?あなたが草刈した面積は何平米でしたか?」と聞くので、「そんなことが事故と一体何の関係があるのですか?」と突き放しました。
「私の質問には、はい・いいえで答えてくれないと困ります」などと言うので、こいつはバカなのだと思いました。
裁判長に「何を聞きたいのか趣旨がつかめません」と言ったところ、「弁護人はちゃんと質問をするように」と苦笑されていました。
弁護士は金で雇われて依頼人の便宜を図るのが仕事。
とはいえ、やはり人間性に優劣はあると思います。

高裁はたぶん1回では終わらないと聞いていましたし、意見陳述もほとんど認められないと聞いていたので、準備をしていなかったのですが、結局、その日のうちに結審してしまいました。
裁判長が「では、これで・・・」というのを聞いて、検事があわてて「被害者遺族の意見陳述を」というとあっさり認めてもらいました。
何を話したか覚えていません。
でも、「一審の裁判を見て『こんなものが裁判なのか』と思いました」と言ったことだけは覚えています。
その時、裁判長が一瞬ひるんだようでした。

法廷から出てきたとき、通路で大勢の傍聴人の方たちが待っていてくれました。
みんな、静かに私を見守ってくださいました。
その瞬間、ああ、私は勝ったのだなと思いました。
何に勝ったのかわからない、でも、投げることなくやり遂げた、応援してくださる方たちがいた、亡くなった者が帰ってくるわけではない最初から虚しい戦いだったけれど、ゼロではなかったのだと・・・

判決は1月末。
結果は、原判決破棄、実刑二年でした。
熊谷の裁判と違って、とても長い判決文でした。

それでもたったの二年です。
これが、今の刑法で市井の一国民、社会経験も大してない私に合法的にできる精一杯のところです。
被告は今、千葉県の刑務所に服役中です。
電車に乗ればすぐです。
面会はできるのでしょうか?
面会して何か言うことが・・・?
死人に何を言っても無駄でしょう。
自分で考えることのできない人間は生きているとは言えない。
息はしていてもただの歩く死人です。

結果報告とお礼が大変遅くなってしまいました。
応援してくださった皆様。
署名してくださった皆様。
嘆願書を書いてくださった皆様。
傍聴に来てくださった皆様。
本当にありがとうございました。

なんとか最後まで書ききることができました。
判決の夜、夫のアドレスにメールを送りました。
すぐに「アドレスが見当たりません」と返信が来ました。
posted by とんべり at 16:03| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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