2011年06月09日

被害者参加

あれやこれや・・・
経験したくないようなことばかりの毎日。
ぽつりぽつりとブログにこぼしているが、次から次へといろいろ起こる。

裁判における被害者の不在。
加害者側の意識の低さ。
法の不備。
なんだかんだ。

悩んだ末、被害者参加制度という、比較的新しい制度を使って自分も裁判に参加することに決めた。
心療内科の先生は「負担になって疲れるだけじゃないの?」と言っていた。
たしかに。
そんなことをしても、結果は何も変わらないかもしれない。
だが、そういう制度があることを知ったら、使わずにはいられない。
何もしなかったら、ダンナを見殺しにしたような気になるだろうから。
後に引けない気持ちを知ると先生は「結果が思った通りにならなかったとしても、やるだけやったんだから満足しないとな。」と言う。
正論。
それでも、自分のやり方が悪かったんじゃないか、とか、自分の力不足だったんじゃないか、とか、どうせ自分を責めるのは分かりきっている。
でも、やらないよりはマシだと思っている。

時々、何もかも放り出して、何もかも忘れて、遠いところ(まあ、タヒチとか)に行ってしまいたいと思う。
強い光線は、欝にもいいらしい。
日サロ依存症になってしまう人がいるくらいだ。
だが、何より放り出してしまいたいのは、自分自身。
ダンナの妻だと言うことを放り出せたら、拷問にかけられてるみたいな喪失感も、自ら背負い込んだ裁判の重圧も、きれいさっぱり。
そこら中に喪失感爆弾がごろごろ埋まってる地雷原を用心しいしい歩いているのに、しょっちゅう自爆しているような毎日とおさらばしたい。
それは本当だし、嘘だ。
ダンナを否定することは、自分を否定することだ。
自分を否定することは、ダンナを否定することに他ならない。

昔の写真を引っ張り出して見てみた(自爆)
ダンナの写真にも胸が詰まったが、私と息子を撮ってくれている写真に愛があふれていて、どれほど大事に思われていたかが痛いほど伝わってきた。

感謝の思いを、どうしたって伝えることができないのが、ただ辛い・・・

ラン仲間の楽松師匠が、『飲酒運転撲滅・追悼ラン』に行かれた。
たった一人の520キロである。
想像を絶する。
夫のナンバーも背負っていってくださった。
日本海に立つことができた。
空に星がひとつ、輝いていたそうだ。
師匠、ありがとうございます・・・

また、ラン仲間の方たちで『飲酒運転撲滅キャンペーン』を展開してくださるようである。
友人は、何か手伝えることはないかと言ってくれる。
ありがとうございます。


厳しいランのさなか、エイドに助けられながら一歩一歩前に進む。
きっとそんなだったろう夫の背中を見ながら、私もちょっとずつ前に進む。


posted by とんべり at 10:45| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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