2011年06月02日

マリッジリング

去年は結婚20周年だった。

結婚した時、「形にこだわることはないよね」と結婚指輪を作らなかったのだが、去年あたりから「ハワイアンジュエリーのペアリングほしいな〜〜〜」とおねだりしていた。
ハワイ・オブ・ジュンコというすてきなサイトを見つけて、どこよりもハワイらしさが香るところがとても気に入っていた。
いつかこんなところで指輪を作りたいと思っていたのだ。
私もハワジュはいくつか持っているが、どれも大量生産された安物のシルバー製である。

するとダンナも「おお、いいねえ。ホヌとか波とか。」とまんざらではない感じ。
私が「今さらマリッジリングってわけじゃないし、シルバーでいいよね」と言ったら「どうせ作るならちゃんとした物作りましょうよ。プラチナとか」と言ってくれた。
7月7日が結婚記念日なので、その頃に一緒に見てみればいいかなと思っていたのである。

記念日を待たずしてダンナは逝ってしまった。

ダンナがいたときは全然気にならなかったのに、急に左の薬指がものすごく淋しい気分になった。
他人の結婚指輪がなぜか気になる。
シングルマザーじゃないし、離婚したわけじゃないし、私にはいい人がいるんだと言うことをわかってほしいという気持ちなのだろうか・・・
考えた末、シルバーのペアリングを作ることにした。
そのことを嬉々として母に話すと、「そんなシルバーなんかじゃなくて、ちゃんとした指輪を作りなさいよ」とお金を出してくれた。

母親と言うのは本当に無二のそんざいである。
私は、ほとんど人前で泣かない。
というか、泣けない。
泣いてくれる人を見るととても慰められるが、私の涙とは何かが違うのである。
一緒に泣くことができない。
なので、中には何で泣かないんだろうと思う人もいれば、まだ実感がないんだろうと思っている人もいるようである。
「これから淋しくなるでしょうね」と言う人がいるが、もう十分すぎるほど空虚感にさいなまれている。人に言わないだけである。
そんな私も、母の前ではどうしようもなく泣けるのである。
母は「会いたい!会いたい!帰ってきてほしい!!」と絶叫する私を受け止めてくれるのである。

母の優しさに甘えることにした。
とは言ってもプラチナは高いので、金で作ることにした。
ハワイ・オブ・ジュンコにメールを出した。
通販と言うのはとても便利だ。
もし店舗に私みたいなおばちゃんが、それもひとりでマリッジリングを作りに行ったら、まあ詮索されるだろうことは目に見えている。
通販なら詮索も好奇の目も気にしなくていい。
ついでに息子にもシルバーのリングを作ってあげることにした。
ダンナの指サイズが分からないので、代わりに息子の指を測っていたら、なにやら興味津々の様子。
「ほしい?」と聞いたら「わるくない」という。
最近の若い子はなぜ「うん」とか「いや」とか言わないんだ。。。

メールでは詳細を伏せて、いかにも新婚みたいな感じで見積もりをお願いした。
だが、サイズがいまひとつ自信がない。
自分自身そんなに指輪は好きではないので、ほとんど買ったことがない。
さらに不慣れな息子の自己申告サイズを信じていいものやら・・・
で、仕事先からHPをチェックすると、なんと場所が泉岳寺にある。五反田のすぐ近くだ!
ということで、アポも取らず、息子を呼び出して、急遽お店に突撃することにした。
考えるより行動の方が早いいつものパターンである(汗)
お店の前で電話を入れると「来てくれていい」とのこと。
マンションの5階に上がると、そこはハワイが濃厚に香るすてきなお部屋だった。
まずは息子の指輪を見てもらう。
すると、やはりサイズを大きく見積もりすぎていたようだ。
ちゃんと見てもらってよかった。

次に私の番であるが、結婚20周年であることを話した。
そこでちょっと迷った。
嘘をついたって別に問題ない。
こちらの思うものが出来上がるだろう。
だが、ジュンコさんの人柄を見ているうち、嘘で作ってはいけないような気がしてきたのだ。
本当のことを話して作ってもらったほうがいい・・・
なので、ダンナが轢かれて死んでしまったはなしをした。
ジュンコさんは泣きながら「いいものを作りましょうね」と言ってくれた。

息子の指輪には 

'A' ohe pau ka 'ike i ka halau ho'okahi(学問はひとつの学校で終わることはない)

というハワイ語の格言を入れてもらった。

私たちのメッセージはタヒチ語にした。

Mihi au ia 'oe    私からダンナへ

Ua here au ia 'oe  ダンナから私へ

指を通すことのなかったダンナの指輪は、鎖で首に下げようと思う。


マイレは真正な結びつき
プルメリアは生命
亀は身の守り
波は永遠の愛

指輪に刻まれたモチーフである。
posted by とんべり at 13:24| 千葉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 南の島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あなたのこの1ヶ月の心模様が、その文字から、行間から伝わり、胸が痛くなりました。葬式が終わったから、すべて終わりなのではなく、そこから未亡人の仕事が始まるんだ。気丈に生きているあなたは立派です。相思相愛の夫との人生をかえりみて、結婚っていいなあ、ファミリーっていいなあ、と思った。
Posted by 佐藤由美 at 2011年06月03日 06:57
素敵な指輪ができそうですね。いいアイディアです。

私にとっても母親は一心同体。心から裸になれる存在でした

その母も昨年3月に他界しました。私も人前では泣けませんでした。葬儀、49日、一周忌とありましたが涙が出ないんです。明け方はしばらくは一人で号泣していました。今も一人で走っているとき母に語りかけながら泣いています。

京成バラ園に行ってから薔薇をよく見るようになりました。

とんべりさんのブログにも薔薇が沢山出てきて楽しく拝見させていただいています。

とりとめなくメールしてしまいました。
Posted by 市川@ヨーコ at 2011年06月03日 16:48
こんにちは、はじめまして。
以前、ペンタの一眼レフを購入する前にとんべりさんのブログにたどり着きまして、
それ以来、その文面に惹かれチョコチョコと拝見させてもらいました。

久しぶりに見たところ、なんだかとんでもない事態になっており・・・勇気を出して今コメントを書いています。

旦那様のこと、心より御悔み申し上げます。どうぞお気をしっかり持ってください。
本当にいろいろとあったことと存じます。いつの日か安らげる日が来る事を心よりお祈りします。
Posted by masaono at 2011年06月04日 07:55
>由美ちゃん

ダンナに「お前ほど強い人間を見たことがない」と言われ続けてきましたが、今回も自分のやりたいことをとことんやりまくってる感じです。
多分ダンナは、「もういいからタヒチに遊びに行ってへそ出し腰振りダンスでも踊ってくれ」と言うことでしょうが、刑事裁判が真の意味での葬儀だと思ってますので、やれるだけやるつもりです。
車には同乗者がいたのですが、そいつがもし不起訴処分にでもなったら異議申し立てをする!と言い放ったら、私に「病院だ警察だ検察だ支援センターだ法律事務所だ」と引きずり回されてるダンナの叔父は絶句していました。
精神安定剤を飲みつつ、仕事もしつつ、ダンスの発表会もこなしつつ、裁判もやりぬくつもりです。
我ながらタフです。
叔父は気の毒です。
Posted by とんべり at 2011年06月06日 00:21
>市川@ヨーコさん

お母様を亡くされてお力落としのことでしょう・・・
母という存在は特別ですよね。
子にとっては、母は分身。
母から見ても、子は分身。
なので、夫の母のことが心配でなりません。

ヨーコさんが走りながらお母様に話しかけるお気持ち、私にも分かります。
私は良く、庭の手入れをしながら話しかけています。
返事がないのが辛いです。
そこにいるような気になることもあります。
お気に入りの椅子に座って、庭を眺めているような・・・

バラはいいですよね。
私には、バラの花が人の顔のように見えるのです。
Posted by とんべり at 2011年06月06日 00:29
>masaonoさん

コメントありがとうございます!

今は自分の心に写るものを写真という形にすること、文章と言う形にすることで、少しずつ整理しているように思います。
先日、交通博物館に行ってまいりましたが(息子が小さい時、鉄男だったのです)、私の目に映る列車は乗り物ではなく、時の流れ、人の営みでした。
どへたくそですが、それを形にすることで、何かしらを得た気がします。
カメラは魔法です。
写真は、対象物の何かしらを移し写すのだと思いました。
Posted by とんべり at 2011年06月06日 00:37
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