2006年05月03日

楽園に住む人々

P1010837.jpg三好さんの写真展から帰宅して、さっそく「名作写真館 三好和義@」(小学館)を眺めた。
これには「ゴーギャンの愛した島 楽園王国タヒチ」という特集が載っていて、会場に飾られていなかったタヒチの人々の写真も数多く掲載されている。
どの笑顔もすばらしく、人々がなんとも魅力的で、タヒチの濃厚な自然と有機的に絡み合い、私が「ちょっと冷たい」と感じるモルディブの写真とは実に対照的だ。
三好さんの撮るタヒチはしっくり来る・・・
そう思いながら雑誌に載った文章を追っていくと、その理由がなんとなくわかってきた。
三好さんはゴーギャンの構図を意識的に写真に取り入れているのだ。
どうりで好みのはずだと、さらに読み進むと、ちょっと「あれ?」と思うところがあった。
P1010838.jpg「笑顔に向けてシャッターを切った」「ゴーギャンが感じたであろう楽園をイメージし・・・」

私の見た限り、ゴーギャンの絵にははっきり笑っている顔がない。
どれもこれも、なぞめいた表情を浮かべて、描き手のゴーギャンを通り越したいずこかを見ているようだ。
タヒチの人に交わり、植民地政府に反逆し、偽善的なカソリック司教に盾突き、最後にはかの地に骨まで埋めたゴーギャンだが、彼はついにタヒチ人にはなり得なかった。
永遠の異邦人として、限りない憧れを持って、けれど同化することなく、常にエクゾティズムをその絵に保ち続けた画家。
「我にもなくそうなった野蛮人」(注)に憧れ、そうなりたいと願い、けれどそう思えば思うほど文明人としての自分を捨てられず、またそうであればこそ異国に、楽園に憧れを持ち続けられた芸術家。
もし、彼がタヒチ人になってしまったのだとしたら、あの絵の数々は生まれ得なかったろう。
ゴーギャンの絵に、私は部外者、他者としてのそこはかない疎外感を感じる。

P1010839.jpg三好さんの写真は笑顔がまぶしすぎる。
いや、それが「タヒチらしくない」などと言っているのではない!
タヒチアンは陽気で、にっこり笑うと本当にかわいらしい。
私もそれはタヒチの大きな魅力だと感じているのだが、それが果たしてゴーギャンの見たタヒチだったのかどうか・・・
私が三好さんの写真の中でゴーギャンらしいと感じるのは、一番有名な「ボラボラ島の夕景」だ。
モナ=リサのようななぞめいた微笑を浮かべるタヒチのマリアに、彼方を見つめる遠景の人々・・・
ちょっと突き放したようなあの構図とモデルの表情に、私は自分も感じているタヒチの姿を見るような思いがする。

「タヒチは楽園だから。」と言った時、私に向けられたタヒチ人女性のなぞめいた表情が忘れられない。

※↑は「母性」(1899年)
 「世界の名画I ゴーギャン」(中央公論社)より

(注)ゴーギャンが手紙の文中で、タヒチ人をたびたびこう呼んでいる。
   決して蔑称ではなく、自らもそうありたいと終生願っていたようである。


posted by とんべり at 22:55| 千葉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 南の島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は三好さんのタヒチの写真では人物写真が好きです。DVDだとあの人らが動いていて、これまた大好きです(^-^)
「ボラボラの夕景」ってオテマヌをバックに赤ちゃんを抱いている女性の、ですか?
Posted by anapanapa at 2006年05月08日 22:23
>anapanapaさん
私は三好さんの写真集「楽園タヒチ」を持っていますが、どの写真も良いですよね♪
「ボラボラの夕景」は、おっしゃるように赤ちゃんを抱いた若いママがオテマヌを背景に立っている写真です。
会場でも、大きな麻布にプリントして展示されていました。(良かったですよ)
ゴーギャンぽいと思うのはあの写真ですが、好きなのはパレオを干してる写真。
ぽっちゃりしたお兄ちゃんがかわいい♪
そして、南の島の香りが漂ってくるようです。
Posted by とんべり at 2006年05月09日 08:01
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