2010年11月22日

祭り

ホイケが終わってグニャグニャに脱力しているとんべりだ。
またしても筋肉痛・・・痛い。尻が、背中が、モモが・・・
ホイケなのに、いつそんなに踊った?と思ったら、待ち時間にけっこう練習したし、舞台袖でオテアの発表を見ながら一緒に踊っていた(つもり)

祭りだ祭りだ!同じアホなら踊りゃにゃ損!


↑すっかりはじけております

前の週。
最後の練習は考えさせられることの連続だった。
まずアパリマ。
踊りの最中、景気づけに奇声を上げろと先生がおっしゃるのだが、おまつり女のとんべりが一人叫んでいるだけで、何人かいる先輩も何も言ってくれない。
次第に不安になるとんべり。徐々に口が重くなり、ついには重苦しい沈黙の中で練習は終わった。
暗いアパリマ・・・これがタヒチアンだろうか?
こんなもののために一生懸命練習してきたのだろうか?
周囲の沈黙に負けた自分に腹が立ち、引っ込み思案の先輩に腹が立ち(こらこら)、やるせない気分で教室を後にした。

次はウリウリのレッスン。
フォーメーションがけっこう難しいのだが、V字ラインを作るところが特に難物。
端から2番目と3番目(特に2番目)が責任重大だといわれ、2番目のとんべりはわきの下に汗びっしょり。
「2番目が狂ったら3番目以降はそれに合わせてラインを作って!自分の立ち居地に固執しないで臨機応変にラインを作る!」と先生。
全体の中の自分というものを痛いほど意識させられる。

更衣室で着替えていると、とんべりが出る3曲ともが一緒のメンバーの中のひとり、ネネちゃんが「私、掛け声の練習してきたよー」と言う。
すかさず飛びつくとんべり。「え、マジでネネちゃん?」
「やりましたーとんべりさんも家で練習したって言ってましたよねー」
実は家で奇声を上げる練習をしたのだが、帰宅したダンナに「マンションの外廊下まで声が響き渡っているぞ!」と叱られたのだ(爆)
「なんか先生も呆れてる感じでー同じやるなら思いっきりやりたいですよねー」
「そうか!ネネちゃんががんばるなら、私もやるよ!」
「えー、とんべりさんもがんばりますかー?」
「ウラギリはなしね」
「ウラギリはなしですーフラのレッスンの時に練習しましょー」
この一言を待っていた〜〜
が、先輩の誰かが音頭を取ってくれると期待していたのに、一声を上げたのは穏やかな雰囲気の一番後輩の子だったのだ。
意外だった。青い鳥は思わぬところに潜んでいるものだな(笑)

ということで、フラのレッスンとあいなる。
これがホイケ前、本当に最後のレッスンである。
この日の気分はホイケまで引きずるので、できるならハッピーな気分で終わりたい。
1曲踊ったあと、先生が「ラインをあわせる時はどうするの?」ととても静かな声で聞いてきた。
皆ギクッとして「・・・左右を見ます・・・」と恐る恐る答える。
「よくできました」と言う先生の顔を見つめながら、きっとフォーメーションがひどかったんだ、先生はすごーく怒っているんだ、と真っ青になった。みんな同じ思いだったにちがいない。
なにせ寄せ集めのメンバーなのである。
ぎりぎりまで人が集まらず、練習が始まったのもものすごく遅く、まあ入門クラスだし仕方ないんじゃない?みたいな空気がなんとはなしに漂っていたのだ。
練習が始まってだいぶ経ってから「これなら私も参加できるわよね?」と練習に来た先輩もいた(結局、参加しなかったが)
ほめられるわけがない。
先生はまだ教室に残っていた中級の生徒さんを集めてきて、私たちに「さあ、この前で踊れ」という。
これはシビアな罰ゲームだと震えあがりつつ踊っていると、先生がニコニコしている。
あれ、もしかしたら本当にほめられている?さっきのは文学的反語表現じゃない?
先生は「不思議だよねー寄せ集めメンバーだったのに、こんなチームワークが良くて・・・」と感慨深そうだ。
そういわれるまでチームワークが良いと思ったことなどなかったのだが、人数が少なくアットホームな雰囲気なので、良くコミュニケーションはとっていたように思う。
人とは不思議なもので、ほめられると誇りが生まれ、与えられたものを大事にしようという気持ちが生まれる。
タヒチアンとウリは初めてだが、アウアナはまったくの初心者とはいえないとんべり。前の教室の先生と仲間も見に来るし、がんばらにゃーいかんと気合を入れてはいた。
だが、先生にほめられたことでチームへの感謝や曲へのいとおしさが現金なほど急上昇。やる気も急速アップ!
他のメンバーも「まさかほめられると思ってなかった」と胸ふくらむ思いのようである。
ハッピーは伝染する。
幸せと自信の波が広がっていくのが目に見えるようだ。
「見ていて気持ちのよい踊りね。じゃあ、もう1回!」
このときの私たちなら100回くらい躍り続けたんじゃないかと思う。
すっかり先生の術中にはまっているな(爆)
よし、この良いイメージをホイケに持っていくぞ!
レッスンのあと、勇気百倍の有志と一緒に教室で奇声の練習をし、翌々日のホイケでの健闘を約束して別れたのだった・・・



↑ハッピーモード全開です

さて、祭りの当日。
リハの出待ちで舞台袖にいると、生のタヒチアン・ドラムが響き渡り、激しいビートにのって祭りの血が騒ぎだす。
「私も昨日お風呂で練習してきたー」というマリコちゃんもまじえ、オテアのリハに乗じて「発声練習〜!」と皆で奇声を上げまくる。
「はいはい皆さんご一緒にーーすえぇぇええぇ〜〜〜〜!!」
よっしゃよっしゃ♪いい雰囲気になってきたぞー(笑)
が、本番直前、舞台裏でネネちゃんとふたりきりになった時。
「とんべりさん、本当に声出しますか?」
とんべりも感じていた怖気をふっともらすネネちゃん。
「見に来る友達に客席から奇声上げてくれってお願いしちゃったから、今さら引っ込められないなあ。もちろん出すよぉー」
「ウラギリはなしですねー」
「うん、ウラギリはなし」
笑って去っていくネネちゃん。彼女の若さが美しい。
が、自信ありげに答えたとんべりだが、オバさんはよけいな経験がありすぎる。
自分自身に裏切られることはよくあることだと、イヤになるほど知っている。
それからの弱い自分との戦いの時間は、長かったような短かったような。。。

そして、その時が来て、舞台に上がって、音楽が始まり・・・
とんべりは叫んだ。

叫ぶ直前に考えていたことは、十数年にわたるタヒチへの愛か、はたまた後悔したくない一心か、ネネちゃんにウラギリモノと思われたくない気持ちか。
実はまっしろけ。ただの反射だったようなような気がする(笑)
本番で考えながら踊るなんて無理だということが、今回良くわかった。
「やっちまった!」「無事クリア!」程度のことは覚えているが、ステップなんかは真っ白けでなんにも覚えていない。
ただ、あちこちから熱気ある叫び声が上がり、とんべりも声を出すほどに、ステップを踏むほどに勢いが増し熱が上がり、「これが私のタヒチアンだ!」と思うことができた。
ひとりで叫んでいても、ぜったいにそう思うことはなかったろう。
フラやタヒチアンは『集団を見せる踊り』といわれる一端を垣間見た気がした。
2曲目のウリもフラガールチックな円陣をみんなで組んだり(衣装がまったくフラガールなんですよ常磐ハワイアンセンターなんですよあんたいったい何歳なんですか)、3曲目のアウアナもハッピーガスでいっぱいの風船状態で踊れたと思う。
どれもチームワークが乱れることなく踊りきることができた。
それがなにより嬉しい。


↑一体感を感じました

思いきり年の離れているとんべりは若い子からすればきっと異質な存在である。
それが踊りの中で、よそよそしさにつながったらイヤだなとずっと悩んでいた。
年は変えようがないが、せめて雰囲気はうっすらとでいいから溶け込みたい。
そう思い、努力してきた。
ダンナによれば「遠目に見る分には溶け込んでたんじゃない?先生の言い様じゃないけど、踊ってる2分間は気合で若返ってみた?(爆)」とのことだ。
夫の欲目でだとしても、ちょっとホッとする言葉だ。
ま、お嬢さんたちの寛容さに救われたんじゃないかという思いはある(笑)
若い人ばかりではないアウアナ・クラスにおいても、タヒチアン・クラスに顔をつっこんでいるとんべりは、また別な意味で異質な存在である。
仲間だと思ってもらえないとイヤだと思ってずっと黙っていたのだが、こういうことはいずれバレる。
まあ、こちらもチームの寛容さに救われた。
いやなことがあると用心深くなるものだが、とんべりも年のことでピリピリしすぎていたかもしれない。
だが、鳥でもない獣でもない・・・とんべりはコウモリのような存在だ。
それは当分変わらないのだろうね。


↑全曲いっしょだったネネちゃんとマリコちゃんと
自販機の横でラカに祈りを捧げております(爆)
掛け声、がんばりました〜

踊るべきか踊らざるべきか?
ホイケに出ると決めた後も、ことあるごとにずっと悩んできた。
だが・・・

祭りだ祭りだ!同じアホなら踊りゃにゃ損!

アホなとんべりはやはり踊ってしまうのだ(笑)
posted by とんべり at 15:26| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | フラ&タヒチアンダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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