2009年04月27日

三国志とタヒチとのある関係

IMGP0580.jpgひどいタイトルだなあ・・・(汗)
でも、フェチはどこにでもタヒチの面影を見てしまうのである。
今回は、そういうおバカなお話。

ぎっくり腰で医療難民になっていた時。
病院では鬼のように待たされるし、家では横になっているしかなく、とにかく本でも読むかと『三国志』をひっぱりだしてきた。
一度は読んだのだが、赤壁の戦いが映画化されたのでもう一度読んでみる気になったのである。
(ちなみにダンナは『レッドクリフ』を観にいったが、「金返せ!」と言ってました)

とんべりのお気に入り登場人物は、燕人張飛と曹操。
張飛は猪突猛進型のおばかキャラなのだが、長板橋で魏軍100万の前にたった一騎で立ちふさがるシーンが超カッコイイのである!
いかにも白髪三千丈的なこのくだりは、テンポは良し、ストーリーは盛り上がり、『三国志』の中でも白眉のものだろう。
(レッドクリフ最初のシーンですが、張飛は割愛されてました〜)
曹操は、音に聞こえた人材フェチが可愛い。
いい女を見ると素通りできない豪傑は古来よく聞くが、いい男を見ると素通りできない英雄というのは面白い!
中でも、関羽へのひたむきなラブは痛々しいほどで、すげなくされればされるほど燃えてしまうところは、男と女の色恋と大差ない。
『レッドクリフ』では、曹操は喬姉妹にお熱らしいが、女に現を抜かしてるエロオヤジの曹操なんて、つまんないのである。
男に惚れてこそ曹操!(爆)

さて、今回読み返してみて、この『三国志』の中にタヒチフェチが素通りしてはいけない部分があることに気がついた。
それは第7巻。
諸葛孔明が南蛮を征伐しに行くくだりである。

孔明が遠征しに行ったのは、現在のベトナム辺りだと思われる。
行ったことはないが、ベトナムと言えばフォーとアオザイと微笑の国と言うイメージ。
しかし、『三国志』に描かれるこの地は、ベトナムと言うより妙にタヒチっぽい感じがするのである。

たとえば、南蛮の大将が乗る船が「くりぬき舟」
って、カヌーのことだよね?
そして、蛮族の兵士のコスチュームが、
「・・・足はみな裸足だが獣骨の足環をはめ、半身の赤銅のような皮膚を剥き出しているが、腕くびに魚眼や貝殻の腕輪をなし、紅毛碧眼の頭には、白孔雀や極楽鳥の羽根を飾って、怪美なこと、目を疑わすほどだった。」(*)
ほほー。

さらに、南蛮娘が踊るシーンがあって、
「『ただ今から美人連の踊りをご覧に入れるが、垂涎のあまり気絶しないように』
万雷のような拍手、また拍手だ。楊鋒は口笛を吹いて、彼方をさしまねいた。前もって、余興の効果を考えておいたものだろう。声に応じて一列の美人が身振りそろえて酒宴の中へ歩いてきた。
蛮娘の皮膚、みな鳶色して黒檀のように光っている。髪をさばき、花を挿し、腰には鳥の羽根や動物の牙を飾っていた。そして短い蛮刀をつり、ずらりと輪になったり、輪を崩したり、尻を振って跳ね踊るのだった。
やんや、やんや、満座も共に浮かれ出しそうな騒ぎである。そのうちに、蛮娘連は手をつないで、踊りの輪の中へ、猛獲、猛優を囲み入れ、蛮歌を唄い出したと思うと・・・」(*)
ふんむ〜〜、このくだりを読んで先日のGBTの舞台をまざまざと思い出してしまったぞ!

もしかして、大昔はベトナムもタヒチぽかったとか?
いやいや、ドクター・シノトーがいろいろ研究しているけれど、ポリネシア人の大元はインドネシア辺りと言われていて、さすがにベトナムは遠すぎる。
でも気になるので、ベトナムの伝統的な踊りと言うものをちょっと調べてみた。
すると、音楽も踊りもコスチュームもかなり中国よりな感じである。ちっとも露出してないし、お尻も振りません。あや?
苦し紛れに、世界史が得意なダンナに「昔、ベトナムはタヒチだったんだろうか?」というおバカな質問をしてみたのだが、「『三国志』はファンタジーであって史実ではありません。真に受けないように」とあっさりいなされてしまった・・・
きっと吉川英治はタヒチアンダンスを観たことがあって、南蛮=タヒチと思い込んで勝手に創作したんじゃないだろうか?
そう想像をふくらますとんべりである。


*吉川英治著 『三国志』(講談社)より抜粋しました
posted by とんべり at 16:23| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南の島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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