2011年07月30日

『夢』2題

ダンナが死んでから、特に夢を見ない。
毎日疲れ果てて、薬で朦朧として寝てしまうばかりだ。
それでも、ふたつほど、印象に残る夢を見た。

今朝、見た夢がひとつ・・・

『白い崖』

みんなで旅行に来ていた。
海辺の小さな観光地で、真っ白な、どこまでも続く崖の下に、澄んだ碧色の海が広がっている。
少ない海水浴客が、楽しそうに水と戯れ、時折、子どもの笑い声が響く。
と、波を分けて夫がゆっくり姿を現した。
私は夫に向かって走り出したが、みなが「死んだんだからここにいるはずがない」「これは何かの冗談だ」「近づいたらいけない」と口々に言う。
夫はいろいろなことを覚えていない様子で、ぼんやりと辺りを見回している。
でも、私のことはかすかに覚えているのか、私を見ると腕をそっとまわしてきた。
その体が温かい。
葬儀の際、洗ってあげた髪がどんなに冷たかったか、それを思い出すと、ここにいる夫は確かに生きていると思う。
「死んだことを思い出させなければ、ずっとここにいてくれるかもしれない。言っちゃダメだよ。」みなにそう言って夫の顔を覗き込むが、その目はどこかずっと遠くを見ているようだった。
白い崖に、碧の波が寄せては返す音が、響いていた。




もうひとつは、死んですぐに見た夢である。

『青い花』

私は、海辺にある小高い丘に登ることになっていた。
丘のある駅に着いたときはもう夕方。
どこか田舎の、人気のまばらな小さな駅だ。
駅員もいるのかいないのか。

踏切を渡ろうとすると遮断機が下りてきた。
電車の通過を待つ人たちは、どれもうつむきがちで、まるで顔がないかのようだ。
服を身につけた影のような人々。
踏切の真っ赤な点滅灯だけが、鮮やかに真っ赤だ。
けれど無音。
あたりにはまるで音がない。
風の音も、波の音も、人の息吹も、足音も、密かな話し声も・・・
なにもない。

電車が一両通過していったが、まだ遮断機は上がらない。
ふたりのサラリーマンが、バーをくぐり、さっと向こうへ走っていった。
もう1両、反対から電車が通過していく。
やっと遮断機が上がり、踏切を渡ることができた。

海を見やると、さびれた風景が広がっている。
錆びて閉じっぱなしのシャッターや、字の取れた看板の向こうに、毒々しい赤で観光ホテルのネオンが光る。
歓楽街があるようにも思えるのだが、酔い騒ぐ人の声は聞こえてこない。

丘に向かって道を進んでいく。
静かな住宅街で、人の姿はまったくない。
夕餉の支度の音も、匂いさえもない。
日は暮れかけ、物を見分けるのもやっとのような薄闇が忍び寄ってくる。
その中、ジャーマンアイリスのような淡い青色の、けれどユリのような姿の花が咲いている。
夏の宵、芙蓉の花が街灯に浮き上がるように、ぽつり、ぽつり、と、青い淡い柔らかな花があちら、こちらに咲き競っている。
花に誘われるように丘に向かって上っていく。
丘の上には何があるのだろう。
なぜ、私はそこにいくのだろう。
わからない。

花は丘の上まで、ずっと咲き続いているようだった。
てっぺんが、月に照らされて、かすかに青く輝いているようだった。


posted by とんべり at 11:37| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の光景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月28日

執行猶予

判決はあまりにもひどい。ひどすぎる!
実刑3年6ヶ月の求刑だって低すぎるのに、実刑3年 執行猶予5年・・・

執行猶予?!!

まともな国民だったら誰だって毎日普通に送っている生活をたった5年やれば無罪放免。
すでに被告は晴れて自由の身。
事故前に遊んでいたおっぱいパブで酒を飲むことも可能なわけだ。

さらに腹が立つのが、裁判直前に送られてきた『200万円の慰謝料を払う誓約書』が情状酌量の元になっていることである。
通夜前に保険屋を名乗ってうちに上がりこみ、なんとか香典を押し付けようとした時、お金は受け取らないとあれほどはっきり言ったのに、こちらの気持ちを踏みにじる自己中心的な汚い行為が『謝罪』と『反省』と評価されたことには絶望を感じる。
たぶん、ぜったい受け取らないことが分かっていたから、断る時間を与えないようにぎりぎりに送りつけてきたんだと思う。
それでも、裁判前に受け取らない意思をはっきり相手に伝えて返しているし、公判の中でも拒否していることと、こちらの意に反して一方的に送りつけられることでどれだけ気持ちを傷つけられたか明言しているのに、裁判官が『謝罪』と評価したことには驚きと怒りを感じる。
加害者と被告弁護人と裁判官に『200万円の誓約書』と書かれた紙切れで頬を張られて、法の下に無理やり膝を折らされた気分だ。
たとえば強姦しといて『ごめんね、悪かった、これ慰謝料』と相手の顔に金を叩きつけたら、それって謝罪って普通思うわけなの?
私には『侮辱』だとしか思えない。
むこうの弁護士がこれまた悪質極まりなくて、「2日前に送られたという証拠が無い」と平気で言うんだから参った。
こんなマンガみたいな悪徳弁護士って本当に存在するんだと驚愕した。

昨日は荒れた。
荒れまくった。
加害者と悪徳弁護士と裁判官に、法廷で精神的に輪姦された気分。
ちょうど心療内科に行ったのだが、先生に欝が悪化してると訴えても「これ以上薬は出したくないからなんとか我慢しろ」と言われた。
弁護士さんや支援センター、叔父、叔母、父に、呪いとしかいえないメールを送りまくった。
いつも私の暴挙を静観する息子は「思い切り荒れてくれ。熊谷検察に『これは呪いの嘆願書です。今日中にこの嘆願書を7つの地方検察に送らないと、その検察は消滅します。』という呪い嘆願書を送れ」と言っていた。
彼も怒っているのだ。
この判決は、18歳というこれから日本を支えていく未来ある子どもに、日本の希望のなさと法の倫理的貧しさを突きつけたようなものだ。

友人が撮ってくれたダンスの写真を見るに、まだ3キロくらい痩せても問題なさそうなので、検察の前でハンガーストライキをするかとぼやく。
挙句の果てに、医者に止められてるのに薬と一緒に酒を飲み、意識朦朧状態。
2時間くらい気を失っていた。
目が覚めたらド真夜中。
自分の嘆願書が書けていない・・・
でも、こんな状態で書き出しても、出てくるのは呪詛の言葉ばかりだろう。
参った・・・
誰かこの地獄から救い出してくれ!と心の中で叫んだが、誰にも助けられないのは自分が一番良く知っている。
しかも、こんな時に公判資料のダンナの遺体写真をわざわざ見るんだから、極め付きのマゾ行為としか言い様がない。

そんな絶望と疲労と自虐の中でも、友人から送られる嘆願書のFAXの音が家に響く。
まだ、嘆願書を書くということが出来るなら書くしかない。
蹴られた4000人の署名と同じ運命だとしても、書かないわけには行かない。

他に一体、私に何ができる?
posted by とんべり at 15:01| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嘆願書

叫び散らしたいことは山ほどあるのでこれから書くとして、とりあえず控訴の嘆願書の見本をのっけます。
一筆したためても良いという方、ぜひお願いいたします。
私の夫の命は、イカタコウイルス以下なんですよ。
実刑3年 執行猶予5年て、まともな国民だったら誰だって毎日ふつうにやってる生活をたった5年続ければ無罪放免。
見つからなければ、その間、飲酒運転だって出来ちゃうわけです。


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嘆願書


さいたま地方検察庁熊谷支部 御中

平成23年7月28日


住所                         

氏名                       印


私は被害者の妻の友人です。(被害者との関係や立場を明記)
平成23年7月25日『さいたま地方裁判所熊谷支部』で判決の出た、5月1日発生の酒気帯び運転による自動車運転過失致死事件についてですが、加害者が多量の飲酒をしていたにもかかわらず、代行車を待たず運転を強行したこと、事故前後の記憶が曖昧になるなど運転に支障が出ている状況であったことを考えると、加害者のとった行動はきわめて悪質であり、執行猶予付きの判決は量刑が適正ではないといわざるを得ません。
飲酒をした状態で運転をしてしまう、その甘えの行動の原因のひとつは、尊い人の命を奪っても結局は『執行猶予』がつく判決にあるのではないでしょうか?
飲酒をした状態で運転する行為は過失ではなく『故意』なのです。
故意によって引き起こされた事故で失われた命への償いが3年6ヶ月の実刑では重過ぎるのでしょうか?(求刑は3年6ヶ月)執行猶予を与える意味はなんですか?
飲酒運転に対する人々の認識も変わり罰は重くなっている現状にもかかわらず、今回下された判決には強い疑念と司法への不信を感じずにはいられません。
また、裁判の際の加害者の言動から察するに、被害者の無念や遺族の悲しみを本当に理解しているとは言いがたく、ここは実際に刑に服し、猛省を促すべきであると考えます。
このことに答えるべく、厳正な審理を再度行った上で、公正な判決が下される必要があると思われます。
以上のことから、検察官から控訴されることを切に求めるものであります。


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ものを書くのが上手な友人が多く、私の書くことが無くなりそうです(笑)
丸パクリではなく、ご自身の言葉でご自身の怒りのお気持ちを表していただければと思います。
大変お手数ですが、全文手書きでお願いいたします。

タイムリミットは、今週の日曜に変更になりました。月曜朝一で最終便のFAXを送るようです。


以下の法律事務所にFAXしてください。(犯罪被害者支援センターから紹介いただいたまっとうな弁護士さんです。悪徳ハゲとは人間が違うので、ご安心ください)

043-201-5732(藤岡・合間法律事務所)

posted by とんべり at 14:13| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月22日

ダンスイベント@駒沢公園

7月23日〜24日 駒沢公園でビッグなイベントがあり、ヘイバスタイルでオテアとアパリマを踊ることになった。
この1週間は、連日、3〜5時間の練習があり、今さら、毎日のように筋肉痛になっている。
日頃、どれだけちゃんと踊ってないのかバレバレである。
といっても、今回ばかりは仕方がない。

ダンナが死んだ時、踊りは止めようと思った。
生活の心配もあったし、第一、踊る気分に全然なれない。
だが、もしここで止めてしまったら、ダンナはなんと言うだろう?
ダンナにとってランが生きがいだったように、私にとってはダンスが喜びであった。
お互い、年に負けずに少しでも上を目指していこうと励ましあってきた。
年をちょっとごまかして教室にもぐりこみ(タヒチアンは運動量が半端でないので、年齢制限があるところが多い)、『年寄りの冷や水』と若いお嬢さんたちに笑われてるんじゃないかとおびえながら、ひたすら黙々ときつい基礎練習をこなしてきた。
その甲斐あってか、ぎりぎりで中級に滑り込み、今回のイベントでは先生や先輩の後ろで踊れることになった。
なのに、ここで放り出したら、ダンナはなんと言うだろう?
「お前にとってダンスってそんなものだったの?」
いったん止めて、時機を見て再開することも考えたが、あえて続けることにした。
このイベントはヘイバスタイルで30分ほど踊る。
こんな機会はそうそうあるわけではない。
ここで抜けてしまったら、チャンスはもう2度とないかもしれない。
イベントに出よう。

友達にそのことでメールをしたら「実はあなたの気持ちが分からなくもないの。暗くて見えないだけで、あの人は私の踊りを見に来てくれていると思っていつも踊ることにしているから。ご主人も見えないだけできっと見に来てくれるわよ。」という返事が来た。
彼女にそんな大切な人がいたなんて、それまで知らなかった。
なら私も、暗くて見えないけれど、ダンナがどこかそこら辺に座って笑いながら私を見ていると思って踊ろう。

そう決心はしたものの。
練習が辛い。
「魂が抜けた」とはこういうことを指すんだと思う。
先生には「何でそんな投げやりな踊りをするの!」と叱られた。
裁判参加することを決めた時は、さすがに発表に出るのは難しいんじゃないかと思った。
ただでさえ欝で不調なのに、あれもこれもと欲張ってどれも中途半端になってしまったら・・・
だが、ただ一人、事情を打ち明けた先生に「可能な限り努力するのでイベントに出させてほしい。」とお願いしたら、「いいんじゃないの?」という返事をいただいた。
とりあえず、誰かに「もう、やめた方がいいんじゃない?」といわれるまでは粘ろうと思った。

週2回のレッスンは、ほぼ休まず出席したが、頭はいつも裁判のことで一杯で、振りもフォーメーションもちっとも頭に入ってこない。
家にいる時は、裁判の準備で手一杯である。
借りた衣装も仕舞いっ放しで、グリーンのヒップベルトも頭飾りも作る時間がない。
ブラに布をつける作業は、リフォーム屋さんに発注した。
とにかく、裁判が終わってからの2週間。
この2週間で何とか形にするしかない。
裁判までの綱渡り生活が終わるや否や、新たな綱渡り生活の第2弾がスタートである。。。

だが、忙しいのは幸いといわねばならないだろう。
イベント開けの25日は、結審の日だ。
もし、考える時間が十分にあったら、ろくなことにはなっていない。
こんなにバタバタしていてさえ、ふとした瞬間に判決のことを考えている。
イベントが終われば、達成感を感じるに違いないと思うその反面、2週間という待機の時が終わったとも感じるだろう。
徒に明日を思い煩ったり、過去に囚われて、今日を生きることを止めてしまってはいけない。
今日のことは今日一日で事足りるように生きなければと思う。
だが、それはとても難しいことだ。



最後の週。
月曜は5時間ぶっ通しの稽古だった。
初めて衣装をフル装備して踊ったが、ヘッドドレスがめちゃくちゃ重い!!
しゃがんで立つと、ひっくり返りそうになる。
オレンジのモレは、前の方を編んでシェルをつけているのだが、これが足に当たって気になってしょうがない。
ヒップベルトがワサワサガサガサして気が散る。
首から足の付け根くらいまでは、ほとんど裸なのに、衣装を着けるとこんなに踊りにくいとは思わなかった。
鉄アレイになった気分だ。
本番は1週間後なのに、前途多難である。

火曜。
本場タヒチのドラム隊と初の音合わせ。
すごい!生ドラムがこんなに迫力があるとは思わなかった!!
もちろん、人様が踊っている時に生ドラムが流れるのは聴いたことはあるが、自分がそれに乗って踊るというのはまったく別の話しである。
2年前、捨て身の覚悟で教室に飛び込んだ時は、まさかこんな経験が出来るとは思ってもみなかった。
すっかり嬉しくなり、帰ったらダンナにどんなにトッエレがすごかったか話さなきゃいけない、と思ったところで、ダンナが死んでいることを思い出した。
あまりに嬉しくて、一瞬、ダンナが死んだことを忘れていた。
この嬉しさを分かちあってくれる人がいない・・・
真っ黒な欝が忍び寄ってきたが、心の中で殴りつけて撃退した。
タヒチの生ドラムに乗って踊るこんな贅沢な時間を欝に台無しにされたくない。
3時間、猛然と踊り、滝のような汗と、先生の叱咤にこれまた滝のような冷や汗を流しまくった。

水曜。
朝起きたら、筋肉痛で全身が痛い・・・
昨日、嬉しくて張り切りすぎたようだ。
今日は、最初で最後の通し稽古。
この後は本番があるのみである。
緊張はするし、ドラムが昨日より格段に速いし(タヒチじゃあんなものなんだと思う。つか、私が遅いんだって。。。)、振りは間違えるし、衣装の早替えには手間取るし、もうボロボロ。
私は一番後ろの列なのでドラム隊が近いのだが、あまりに下手すぎて「何あれ?えっ、タヒチアンなの?!」と驚かれてるんじゃないかと気が気でない。
衣装ばっかりで全然踊れていない自分が恥ずかしい。
自分の存在が、タヒチに対する冒涜みたいな気分になってくる。
先輩に「逃げ出したい!」と訴えたら、「楽しめばいいのよ」とか「今が一番伸びてる時よ」と励ましてくれる。
本当にみんな優しいのである・・・
この日も3時間稽古であった。

木曜日。
朝起きたら全身これ筋肉痛の塊。。。
今日は、ライアテアちゃんと音合わせしながらのウリウリの稽古である。
衣装は、憧れのティーリーフスカート。
このスカート、ターンするとぶわっと広がって、下にはいたグリーンのブルマが丸見えになる。
息子に「母、衣装でブルマはくから♪」と言ったら、日頃、私の暴挙に慣れているはずの息子も凍り付いていた。
「今、ここではいて見せてあげるね」と言ったら、「いえ、遠慮しておきます(汗)」とドン引きだ。
「遠慮せずに、さあ見ろ!」と、これはもう新手のDVもしくはセクシャルハラスメントである(笑)
かわいそうな息子は、父を失って以来、私の暴挙の格好の的になっている。
早くわんこが我が家にやってきて、自分の肩代わりをしてくれないかと待っているが、それは考えが甘いだろう。
犬は言葉攻めができない。
その点、息子の方がいじり甲斐があるのだ(笑)
ティーリーフスカートでぐるぐる回っていたら、「トゥームレイダースの回転カッターのトラップみたいだ」とナイスな形容をしていた。
そういう面白いことを言うから、こっちもいじりたくなってしまうのだよ。

息子がバイオリンのレッスンに行ってしまった後、気が付いたら床に突っ伏して寝てしまった。
6時に家を出ないと間に合わないのに、目が覚めたのが6時半。
荷物を引っつかみ家を飛び出したが、疲れがひどくて足元がおぼつかない。
睡眠薬も飲んでいるのに、5時間くらい寝ると目が覚めてしまう。もう、体は限界だ。
代々木からタクシーを飛ばして、ライアテアとの音合わせにぎりぎり最後の3回間に合うことができた。
遅刻したので本日の練習は2時間半。
オテア隊の練習は今日で終わりだ。
大先生がやってきて、「みんな、もっと元気出していきなよ!今さらきれいに踊れなんていったってムリなんだからさ。元気があればヘタもカバーできるって。踊ってるあんたたちがエキサイトしないで、どうやって観客を熱狂させるのよ?」
さすが大先生。
私もお恥ずかしい踊りながら、なんとか元気だけは人一倍出して盛り上げていこうと思った。

一瞬に集中するのだ。
自分に与えられた時間とチャンスを活かさなければ、ダンナにも申し訳が立たない。
もう明日は本番だ・・・
こんなに練習も準備もしないで舞台に臨むのは初めてのことだ。
見に来てくださる方たちに本当に申し訳ない。
先生や先輩にも申し訳ない。
だが、ひどい状況の中で自分にできることはやったと思う。
あとは自分でも楽しもう。
そして、お客さんたちにも楽しさを届けよう。
それが、今、自分に出来る精一杯のところだ。





まあ、ブログなんか書いてる人間は、基本的に露悪趣味だと思ってます。
(お前と一緒にするな!と怒る人もいるかもしれませぬが・・・)

衣装です♪ブルマはナイショです(笑)

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posted by とんべり at 13:25| 千葉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | フラ&タヒチアンダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

公判当日 A

傍聴席は味方サポーターで一杯である。
そこに、例の土下座パフォーマンス親父と、母親が入ってきた。
母親がずっとしくしく泣いていて、煩わしい。
通夜前の大混乱のさなか、保険屋を連れてうちに上がりこんできた時もしくしく泣き声をあげていたが、香典を拒否した時に私をにらみつけたときの目は涙も出てないし、あまりといえばあまりな嘘泣きに、なんだかもううんざりしてしまった。
今日も相変わらず同じパターンかと、頭が痛くなる。

被告と弁護士が入ってきた。
ひたすら、被告をガン見する。
素人の私が法廷に入ったからといって、何か出来るわけではない。
だが、被告の真正面に座れば、その表情も手に取るようにわかる。
私の存在も、強く相手にアピールできる。
見ろ!こっちを見てみろ!と心の中で叫ぶ。
で、相手弁護士がどんなヤツかと目をやったら、唖然。
ハゲ、しかもロン毛・・・
それでデブ・・・
ビジュアル的にイケてないこと、はなはだしい。
なんかもう、見るからに「悪徳」っぽい。
キャバクラで女の子をひざに乗っけて、ゲハゲハとエロ笑いそうな雰囲気満載。
やることがえぐいし、「ぽい」んじゃなくて、悪徳弁護士なんだろうなと思う。
土下座親父に、嘘泣き母、悪徳デブ弁護士・・・
安っぽいドラマみたいだ。

裁判長が入ってきた。
「起立、礼、着席!」
こんなことをするのは高校以来である。
裁判長は、予想に反して、若い、きれいな女性であった。
聡明そうだが、人間コンピューターじゃなくて、血の通った心を持っていてくれればよいが・・・と願う。

裁判が始まり、検事が証拠番号をどんどん挙げていく。
そのうちの数点は、今日、私が持ってきた。
死んだ時、背負っていたザックに、これも身につけていた汗の浸みたランニングシャツを突っ込み、遺品の時計は私が腕にはめている。
ついでに形見の●●●●●なんちゃらもハイドロパックの底に突っ込んでおいた。
私にとっては弔い合戦である。死装束で何が悪い。
署名という血判状を鎧に結びつけ、ダンナの遺骨を抱いて、強大な国家権力の只中に単身切り込むつもりで臨んでいる。
国家なんかに勝つつもりは端からない。勝てるはずがない。
何をやっても結果は変わらない。
日本と言う国は変わらない。
ダンナは戻ってこない。
でも、私は弱気になろうとする自分に打ち勝ちたい。
何も変わらないからと諦めたくない。
一歩でもいいから前に進みたい!

その4000筆集めた署名だが、残念ながら被告弁護人に拒否されてしまったので証拠にはならなかった。
だが、私は自分の意見陳述の中で、署名の存在には触れるつもりだ。
ただし、陳述の途中でさえぎられる可能性がある。
証拠採用されなかったものについて、語っちゃいかんと言うことらしい。
さえぎられる前に、言うだけ言ってやる。
緊張で何も聞こえなかった振りをして、最後まで言ってしまおう。
こういうのは、言ったもん勝ちだ。

裁判の3日前。
署名の証拠採用が拒否された連絡を受けた。
覚悟はしていたが、「やっぱり・・・」という徒労感と極力してくださった方たちへの申し訳なさで弱気の虫に取り付かれた。
息子に「欝で半分頭のおかしくなったオバサンが、ダンナが戻ってくるわけでもないのに、なに痛いことしてるんだろうって思われてるよね・・・」と愚痴っていたら、「ここで母の心が折れたら、署名してくださった4000名の方に申し訳ないと思いませんか?」と言われた。
「母のことを痛いと思う人は、署名なんかしてくれません。少なくとも4000名の味方が後ろに控えているのですよ。私も痛いなんて思わない。それでは不足ですか?」
子どもだと思っていたら、けっこう言ってくれるのである。
「証拠採用されなかったら、あの署名は母にとって無価値だとでも?」と諭されてしまった。
あの署名・・・
検事の机の上にドンと置かれた時、検事が感銘を受けた様子で眺めていた。
4000筆集まったと話した時、弁護士さんが感動したといっていた。
あの署名の存在は、まぎれもない事実なのである。
証拠採用なんかクソくらえだ。
裁判の場で絶対言う。
少なくとも4000の人々が、この事故のことを憤っているのだということを言わずにはおかない。
               (続く)
posted by とんべり at 13:20| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月17日

公判当日 @

公判当日。

ダンナの両親は、前日、長野から出てきて、熊谷のホテルに宿泊している。
親族一同、そのホテルに集合することになっているので、私も息子を連れてホテルに向かった。
が、そこで息子を放置して、ひとりスタバに逃げ込む。
こんなに神経がぴりぴりしているのに、親族からあれこれ言われるのが堪らない。
事実、数分居ただけで
「がんばって」
「冷静にね」
「落ち着いて」
「しっかりね」
と口々に言われ、萎えてしまった。
言いたい気持ちは分からなくないが、言われる身になってほしい。
誰より冷静になりたいのは私自身であるが、「なれ」と言われてなれるんだったら誰も苦労しない。

スタバでキッシュとコーヒーを無理やり口に詰め込む。
しゃりバテで脳の活動を停滞させるわけには行かない。
その後は、腕に爪を立てて、時間が来るのをじっと待った。
最悪の気分である。
心臓バクバク、息ゼーゼー
口から、胃袋を通り越して腸が出てきそうだ。
余分に持ってきた向精神薬を洗いざらい飲んでしまいたい衝動と必死に戦う。
そんなことしたら、裁判前に病院行きである。
やっと1時15分前になり、タクシーを捕まえて検察庁に向かった。
裁判は2時からなのだが、検事と弁護士と参加人の私は事前打ち合わせをする必要があるらしい(まあ、私はおまけみたいなものなのだが)

打ち合わせの最中、検事がめくっていた調書の中にダンナの全裸遺体写真があるのがちらりと見えた。
私も調書のコピーはもらっているのだが、写真は白黒だし、第一、ダンナの遺体写真が抜いてあった。遺族の心情を考慮してのことらしい。
だが、私は、跳ねられた時、ガードレールの反射板に叩きつけられて肋骨を何本も折ったというひどい傷を見たい。
葬式の時は、いつも傍らに誰かがいたので、見る機会を得られなかったのだ。
仕事とはいえ赤の他人が夫の全裸写真を見てるのに、妻の私が見ちゃいかんと言うことはないだろうと思ったが、司法のシステムは一般人には意味不明だ。拒否されるかもしれない。
実力行使することも考えた。
弁護士さんは痩せている。
検事は運動とは無縁そうだ。
どちらも大柄ではない。
隙をついて飛びかかったら調書を奪うことくらいできそうな感じだ。
だが、裁判前に騒ぎを起こして「暴力的素行が認められる」と入室できなくなったら困る。
むき出した爪をひっこめ、何気ない顔をつくろって座り続けた。
ダンナの父は打ち合わせに一緒に来る気だったようだが、必要ないから裁判の時間までホテルにいてくれとお願いした。
余計なものを見せなくて済んでよかった。

打ち合わせが終わって、またしても待機タイム。
弁護士さんに、友人の一人が予習のために他の裁判の傍聴に行ったはなしをする。
「裁判官によって、だいぶ評決に差があるようなことを言っていましたが・・・」と聞くと、「My Cortといって、裁判官にとって裁判は自分が絶対の場ですからね〜」と言う答え。
「裁判員制度が導入されて、変わりましたか?」と聞いたら「裁判員の入る法廷変わりました。」
う〜〜ん。
聞けば聞くほど、日本と言う国は希望のない国である。
息子が『逆転裁判』というゲームにはまっているのだが、私は日本の司法自体に大声で「異議あり!!!」と叫びたい。
まあ、だからこうしてこの場にいるわけなのだが・・・

「いったい、どんなパーソナリティーの人が裁判官になるんですか?」と以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「司法試験に受かると養成所のようなところでいろいろな研修を受けて、その中で適性を見つけていくんですが、トップクラスで頭のいい人が裁判官にはなりますねー怖いくらい頭が切れますよ」
頭のいい弁護士にすら怖いと言われるような切れる脳みその持ち主。
人間にとって脳みその出来不出来は大事だが、時として非常にムダに脳みそだけ切れる人がいる。
はたして、裁判官たちの「心」はどうなんだろうと思った。

時間が来た。
ジャケットを羽織り、法廷へと向かう。
途中、トイレによって出てきたら、検事さんが「待った!」と慌てているので、視線の先を見やると、被告人サイドの面々に弁護士さんが2日前に送られてきた、人をバカにした謝罪文と200万の誓約書を返しているところであった。
あんな汚いことをするなんて、被告の弁護士もくずにちがいない。
被告の親父に見つかって、また反吐が出るような土下座パフォーマンスでもされたらかなわない。
ダッシュでエレベーターに逃げ込んだ。

法廷のある4階に着いてびっくり!
たくさんの見知った人たちがいた。
この短かったような、長かったような2ヶ月の間、ともに戦い励ましてくれた数々の友人だ。
弁護士さんが「傍聴券が必要かな」と心配していたが、どうにかみんな座ることが出来た。
「こんな大きな法廷が傍聴人で一杯になるなんて、よほどの大事件じゃないとないですよ。平日の、しかも熊谷なのになあ。すごいなあ。」としきりに感心している。
私と言えば、さっきまで、口から腸やらエクトプラズムやら、なんでもかんでも出てきそうな状態だったが、多くのサポーターに背中を押され、気持ちがすっと落ち着いた。

ゲートを越えて法廷内に入り椅子に座る。
傍聴席を見やると、目のあった人たちがうなづく。
よし、やろう。やってやる。
                 (続く)
posted by とんべり at 13:34| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

公判


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今日は裁判の日だ。

5月1日からずっと走り続けてきた私の、一応のゴールの日なのかもしれない。
が、このレースは最後の最後まで波乱含みだった。

昨日の午前中は、新しく幼稚園で始まった仕事の初日で、非常に緊張した。
何とか無事こなして帰宅してみると、弁護士さんからメールが入っていた。
被告人弁護士から、被告人とその母の謝罪文、保釈金が戻ってきたら(被告は保釈されている)その200万円を私に支払うと言う誓約書が届いていると言うのだ。

裁判の前日に?
一体何を考えているんだ?!!
即刻、全部叩き返してくれるよう、弁護士さんにはお願いしたが、相手のあまりの無神経さ、自分勝手さにショックを受け、またバッタリいってしまった・・・

通夜の前に人を騙すように家に上がりこんで、無理やり香典を受け取らせようとした時、あんなにきっぱり断ったのに、また、こんなことをしてくるなんて。
しかも、打診もしないでいきなり誓約書。
なりふり構わずこっちの手に金をねじ込んで、示談に持ち込もうとしているのが見え見えである。
しかし、なんで前日??

こんなヤツ相手にまともに裁判をしようとしている自分があほらしくなって、徒労感がいや増す。
息子が帰ってこなければ、そのまま転がり続けたかもしれない。
いつものように、息子の顔を見ればそこそこ元気になるのだが、バイオリンのレッスンに行ってしまった後にまた問題が発生した。
弁護士さんから電話が来て、時間配分がタイトだから、今から私の検事調書を削ると言うのである。
あれは私も長いと思っていたので、削ることには異論はないが、謝罪文事件で頭が働かない。
調書を開いて、電話越しに先生とやり取りしたが、果たしてあんな感じでよかったのかと欝がつのってきた。
ストレスで病状が悪化しているみたいだ。
さらに、今度は陳述文を可能な限り削ってくれと言う。
これには参ってしまった。
命を削るように書いた陳述文だし、朗読→録音→推敲を重ねてきたのに、今さら削れと言われて、さくっと削れるようなものじゃないのである。
義父に電話して、何とか削るより仕方ない、どうしようかと頭を悩ます。

前日はゆっくり準備しようと思って仕事も休みにしたのに、全然休めない。
欝でダウン状態だし、また陳述文で苦しめられるし、ひとつことを片付けても次から次へと問題ばかり起こる。
明日は本当にだいじょうぶなのか?
裁判所にたどり着けるのか?
ぐったりしていたら、友人からメールが来た。
「仕事が忙しいって言ってたRちゃんが、今日、モーレツに働いて、明日、休み取ったって!傍聴にもうひとり行くよ〜」
また別の友人から、「Oさんも行くことになりました。全員で4人、後ろから応援してるから。」
一日中、心臓バクバク、息ぜーぜーだったのだが、ありがたい友人のエールにやっと落ち着きを取り戻した。
弁護士さんからも、時間調整は先生と検事さんでするから陳述文はいじらなくて良いと言われ(だったら、最初からそう言ってくれ!!!こっちは素人だし、もう限界一杯一杯なんだから)、なんとかかんとか立て直した。

やり切るしかないのである。
今日のために、がんばってきた。
ゴール目指して、あと数歩。
ダンナを、胸を張って裁判に連れて行くのだ。


レース中はただ黙々と、誰でもいつかはゴールが来るんだ!
一歩でも前に進むんだ!
欝になったらジェイゾロフトだ!!


ダンナ、ここまでやって来たよ。

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posted by とんべり at 07:46| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

署名活動のご報告とお礼

ご署名にご協力くださったすべての方へ…



今日、午前ギリギリまで粘り、最後の一枚までご署名をいただいてきました。

いただいたご署名、3930筆。

間に合わなかった分もありますので、4000筆を越えるかもしれません。

一月足らずの短い期間、裁判前で制約も多い中、当初の予想をはるかに上回る結果を上げることができ、ただただ驚くばかりです。



レース会場で署名集めに汗を流してしてくださった方もいました。

レース後の疲れ切った手にペンを握り、ご署名くださったランナーの方達もいました。

ご家族、お知合い、お友達にお声をかけてくださった方もいました。

仕事の合間に署名集めに奔走してくださった方もいました。

私のブログを見て、署名を集めて連絡くださった方もいました。

まだまだたくさんの方が、いろいろな形でご協力くださいました。

皆さまのご尽力をここであげきることは不可能です…

熱意が熱意を呼び、活動の輪が広がり、ここまでたどり着くことができたのだと思います。


本当にありがとうございました。


亡くなった夫のためにお時間を割いてご署名くださったお名前のひとつひとつが、故人への供養であり、私の励みとなっております。


今日、お寄せいただいた、飲酒運転事故に対する憤り、故人の死に対する無念の思いを検事に届けてまいりました。

検事には、署名活動に伴って皆さまからいただいたメールの抜粋(個人情報は伏せております)なども添えて渡したのですが、「一般の方の感覚はこういうものなのだということを改めて感じることができました。証拠採用されるよう努力します。」と言ってくれました。



私たちの気持ちが裁判官に届くことを願ってやみません…

posted by とんべり at 16:58| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | タヒチ走遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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